喜蔵 そりゃ親分! 悪い了簡だろうぜ。一体、俺たちが妻子眷族を捨ててここまでお前さんについて来たのは何のためだと思うんだ。みんな、お前さんの身の上を気づかって、お前さんの落着く所を見届けたい一心からじゃねえか。 浅太郎 そうだとも。いくら大戸の御番所をこして、もうこれから信州までは大丈夫といったところで、お前さんばかりを手放すことは、できるものじゃねえよ。 嘉助 ほんとうだ。もっとも、こう物騒な野郎ばかりが、つながって歩けねえのは道理なのだから、お前さんがこいつと思う野郎を名指しておくんなせえ。何も親分子分の間で、遠慮することなんかありゃしねえ。お前さんの大事な場合だ。恨みつらみをいうようなけちな野郎は一人だってありゃしねえ。なあ! 兄弟。 多勢 そうだとも。そうだとも。 忠次 (黙っている)……。 浅太郎 なあ! あっさりと名指しをしてくんねえか。 忠次 (黙っていたが)名指しをするくらいなら、手前たちに相談はかけねえや。みんな命を捨てて働いてくれた手前たちだ。俺の口から差別はつけたくねえのだ。 九郎助 こりゃ、もっともだ。親分のいうのがもっともだ。こんなまさかの場合に、捨てておかれちゃ誰だっていい気持はしねえからな。 浅太郎 (九郎助に)手前のような人がいるから物事が面倒になるのだ。年寄は足手まといですから、親分わしゃここでお暇をいただきますと、あっさり出ちゃどうだい。 九郎助 何だと野郎、手前こそまだ年若でお役に立ちませんから、この度の御用は外さまへねがいますといって引き下がれ。 浅太郎 何だと。 忠次 おい! 浅! 手前出すぎるぞ。黙っていろ! 浅太郎 はい。はい。 (釈迦の十蔵、ふとひざをすすめて) 女房の妬くほど亭主もてもせず